未来を担う子どもたちのために、災害の記憶や教訓を常に忘れない。~がんばろうニッポン!~

災害大国「日本」においては、災害に負けない強い地域を日本全国に作っていくことが重要です。大規模災害のたびに、JFAにはサッカーやスポーツを通じた被災地支援活動への期待の声をいただき、実際にチャリティーオークションやクラウドファンディングをはじめとするサッカーファミリー復興支援金に対し、非常に多くのご支援をお寄せいただいています。


ひとたび大きな災害が起こると、被災地は大きな被害を受け、スポーツを楽しむどころではなくなります。

しかし、スポーツには人と人をつなぎ、前を向く力があります。

災害が起こったあと、子どもたちの心や地域のつながりをサッカーを通じてどう守っていくかがとても大切なことだと考えています。


JFAでは、これまでの支援活動の記憶や経験を次の世代へ受け継ぎ、スポーツを通じた地域コミュニティにおける防災・復興支援活動を推進することで、持続可能な社会の発展に貢献していきます。



支援の輪を広げよう|がんばろう能登!サッカーファミリーのチカラをひとつに!

2024年1月1日に発生した能登半島地震は、石川県を中心とした広い範囲に大きな被害をもたらしました。

被災地では、住宅や店舗の再建もまだ始まったばかりで、復旧工事もこれからというところが数多く残っています。JFAでは引き続き、被災地の学校や保育所等に日本代表OB・OGが訪問し交流する「こころのケア」とともに、ウォーキングフットボールやキッズピッチ設置などによる「地域コミュニティへの支援」を継続して行っていきます。


■資金使途

サッカーファミリー復興支援金として、能登半島地震の被災地へ設置する「キッズピッチ」の購入・設置費用に使われます。

「能登の子どもたちが、自由にボールを蹴れる日常を作りたい。」JFAでは能登半島地震の被災地に大きな希望をもたらす、移動式の小さなピッチの設置を進めています。


今回は、石川県輪島市の学校がある各地区(中心部、門前地区、町野地区)にキッズピッチを設置するための、ピッチ購入費、運搬費、組み立て時の活動費を集めます。


輪島市では、この4月に小中学校が統合し、3地区の4校に集約されました。たとえば、2024年6月にJFA・キリンビッグスマイルフィールドを行った輪島市立門前東小学校では、当時多くの避難生活をされている方も一緒になって、学校のグラウンドにコートを作り、ウォーキングフットボールを行って交流しました。2学期からは門前中学校へ移って授業が行われるようになりましたが、その後の9月の大雨でこの地区にはさらに大きな被害があり、小学校の校庭には仮設住宅団地が建設されました。いま、同じ場所でウォーキングフットボールを行うことはできません。


こうした地域は、ほかにもあります。JFAでは、これまでの被災地での支援活動でつながりのあった方々と相談しながら、子どもたちにとって必要な形で必要な場所に、居場所や遊び場、運動の機会を作っていきます。


なお、能登半島地震の支援活動で得られるサッカーファミリー全体の教訓や学びをきちんと残し、次の世代に受け継いでいくために、日本全国で行うサッカーを通じた防災教育の活動にも活用する予定です。


■これまでの活動報告

2026年3月27日と28日の2日間、日本代表OBの中西永輔さん、久保竜彦さん、田中隼磨さん、安田理大さん、そして日本財団HEROsのGAKU-MCさんと岩下達郎さんが、石川県珠洲市、能登町の4か所で「キッズピッチ」を組み立て、子どもたちと交流しました!


■珠洲市

珠洲市では、ほとんどの学校のグラウンドに仮設住宅が建設されており、子どもたちの外遊びのスペースがとても限られています。正院小学校と飯田小学校も、校舎の目の前の団地にいまも多くの方が避難され、体育館の復旧工事なども行われています。

珠洲市立正院小学校では、日本代表OBの4人が到着すると、子どもたちと先生も一緒になってピッチの部品を運びました。昇降口の真横のスペースで置く場所を決めると、長い人工芝ロールを順番に広げていきました。大玉ころがしのように力を合わせて広げ、全部で5枚の人工芝がアスファルトの上に敷かれました。その後、スチール製のコートは柱やパネルを順番に組み立て、最後にネットを下ろし、1時間ほどでピッチが完成しました。完成したピッチで、子どもたちは楽しくボールを蹴って遊んでいました。学校では、ピッチの上で桜を見ながら給食を食べる日もあったそうです。

珠洲市の飯田小学校では、正門から入ったすぐのスペースに、ピッチが設置されました。地元の少年サッカーチーム「珠洲エスペランサ」の保護者やスタッフや、石川県サッカー協会のスタッフも組み立てに参加し、ピッチが完成しました。この学校では、天気の良い日にはこのピッチを使って体育の授業を行い、サッカーだけでなく、走り回ったり鬼ごっこをしたりすることもあるそうです。


■能登町

能登町では、これまでのJFAの被災地支援活動でつながりのあった方々と連携し、設置場所を調整しました。町内では、建物の公費解体は終了し、かつて建物があった場所の多くが更地となっています。

能登町の交流施設「イカの駅つくモール」では、駐車場の一角を今回の活動のために利用させていただいています。日本財団HEROsのGAKU-MCさんや岩下達郎さんは、持ち前のチームワークを活かし、参加した地元の親子などとともに、声を掛け合いながらピッチを組み立てていきました。施設の海側は、現在も工事が行われていますが、このピッチによりボールを蹴ることができる安全なスペースを設けることができました。

能登町の松波酒造は同町の松波地区の中心部にあります。すでに更地となっていましたが、能登半島地震発生後、能登町を拠点に活動を行ってきた災害ボランティア団体の「OPEN JAPAN」のスタッフに、重機を使って1週間ほどかけてキッズピッチのために整地していただき、そこにこの日駆けつけた多くの参加者がトンボを使って整地し、その後人工芝のロールを広げて敷き、ピッチの地面を作りました。そして、柱やパネル、ネットを組み立て、完成しました。もともと酒蔵が立ち並んでいたまっ更なスペースには、周りからもよく見える形で真っ白なピッチが置かれました。近くを流れる川の工事があと数年続くことからしばらく再建が難しいため、子どもたちが集う場にできないかとのお話しがあり実現しました。週末には、子どもたちが集まり思い切り楽しそうにボールを蹴って遊び、それを周りで大人が見守る光景ができているそうです。



スタジアムを彩った、SAMURAI BLUEのバナーを出品

今回のチャリティーオークションでは、SAMURAI BLUE(日本代表)の試合会場の場内・場外に掲出されたプレーヤーズバナーを出品します。


試合当日にスタジアム周辺をSAMURAI BLUEに染め、フォトスポットとしても親しまれた、試合の高揚感や当時の記憶を感じていただける一品です。

デザインには、当時のユニフォームコンセプトである「ORIGAMI」が取り入れられています。

日本らしさを表現したこのデザインは、その時期のSAMURAI BLUEを象徴する要素のひとつでもあり、当時の代表チームの姿を印象づけるビジュアルになっております。


選手を応援する気持ちとともに、SAMURAI BLUEの歩みと、あの日の代表戦の記憶を手元に残していただける特別なアイテムをお届けします。


<注意事項>

※本商品にはサインが入っておりません。

※実際に屋外で使用されていたため、傷や汚れが見受けられます。また、裏面側を中心にテープを貼った跡なども残っております。予めご了承ください。

※裏面は無地のデザインとなっております。